1. 元気たまご(2007年7月16日、埼玉県小川町・森屋養鶏場)
  2. 玉ねぎの収穫(2007年7月17日、瑞穂町・清水農園)
  3. 落ち葉掃き(2007年1月20日、瑞穂町・清水農園)
  4. 米酢見学会(2005年5月28日、上野原・戸塚醸造)
  5. 採蜜見学会(2005年5月21日、立川市・市川農園)
  6. 畑へおでかけ(2003年10月25日、八王子市・鈴木農園)
  7. お茶摘み体験(武蔵村山市・森谷農園)


元気たまご(2007年7月16日、埼玉県小川町・森屋養鶏場)
有機農業と和紙の里で知られる埼玉県小川町。その中心街JR小川町から車で10分少々走ったところ<小川町腰越>に森屋養鶏場があります。
亡くなった父親(森屋重利さん)の跡を継いでいるのは長男の健一郎さん。以前は重利さんと同様、五日市の自宅から2時間の道のりをかけて通っていたのですが、2年前に住まいをこの小川町にを移し文字通り鶏とともに過ごしています。
現在、飼っているのは茶色の卵を生むデカブル・ブラウン種、産卵鶏(成鶏)の羽数は約700羽です。
  こちらは雛鳥用の鶏舎。生後20日あまりの雛(300〜400羽))が元気にとび回っています。
大規模な養鶏場では手間隙を省くためにもっと成長した雛を育雛場から購入するようですが、森屋さんのところでは小さな雛から大事に育てています。
この雛が卵を産み始める成鶏になるには約180日かかるそうです。全部の雛が無事に育ってくれればよいのですが。
どうです、この広々とした鶏舎は!一坪に10羽前後の密度だそうです。このスペースでは鶏ものびのびと過ごせますよね。
ただし、人里離れた山のふもとにあるため、狐やイタチなどの動物も出没します。写真のように、細い金網などは食いちぎられしまうようです。これまでに何度も被害に遭っていると言います。
そこで番犬の登場です!
彼(彼女?)の活躍おかでげ被害はだいぶ減っているようです。
さて、今日の卵果(?)はいかがでしょうか?
鶏も生き物ですので季節によって産卵率が変化するようです。やはり気候のよい春や秋は高く(約80%)、夏や冬は低い(約60%)と言います。
また、鶏は繊細な生き物なので発酵飼料に使う水が変わっただけでも産卵率が落ちることもあるそうです。
それに生み始めたばかりの鶏の卵は小さいし、野菜と同じで中には色や見栄えの悪いものもあります。
スーパーで並んでいるような規格品ばかりではありません。

今日は森屋さんに生き物相手の苦労話や仕事の内容をお聞きしました。お互いの事情を理解しえた半日でした。
忙しいところをお付き合いいただき、ありがとうございました。
(樋)


玉ねぎの収穫(2007年7月17日、瑞穂町・清水農園)
気象庁が梅雨入り宣言した途端、関東地方はうらめしいほどの好天続きになりました。今日は青梅市瑞穂町の「清水農園」での玉ねぎ堀りです。今年は暖かかったせいか玉ねぎの種類(早生、中生、晩生)によっては写真の通り“葱坊主”のオンパレードになりました。
こうなると芯が固くなり、とても食べられるものではありませんが、それでも使い途はありますので固い茎を折り収穫をします。
“とう"が立っていない玉ねぎは5〜6個を束ねて結わえます。以前は稲わらで結わえていたものですが、最近は稲わらの不足でビニールテープになりました。
さすがはプロの農家、大きな玉ねぎと格闘している我々を尻目に清水さんは手際よくまとめていきます。
背中に太陽の陽射しを浴びての作業で、皆さん全員汗びっしょり。ときおり緑の木立をぬける爽やかな風が唯一の救いです。
農園主に似て(笑い)、玉ねぎの野生的で大きいこと!おまけに土にしっかりと根を張って掘り出すのも一苦労。近くの農家の方もびっくりするやら、あきれるやら・・。
オシャベリをしながらの作業も大勢でかかればはかどります。みるまに結わえられた玉ねぎの山が出来ていきます。でも、ご存知の通りジャガイモと同様、玉ねぎって結構重いんですよ。トラックに運び、荷台に載せるのが一苦労です。
数畝を残して作業は完了。 今日の収穫は約1トン。トラックの荷台は玉ねぎで満載になりました。作業はほぼ完了ということで、みなさんホッと一息。思わず笑みがこぼれます。
とは言っても、最後の作業が残っています。収穫しただけでは終わりません。
玉ねぎの場合は写真のように風通しのよい所で竹竿にぶら下げ保管をします。昔はよく農家の軒先にぶら下げていたものですが、プロの農家はいろんなものを考え出します。
トラックの荷台から手渡しで次々と玉ねぎの束を吊るしていきます。竹竿がみるまにしなっていきます。これで今年の玉ねぎは大丈夫!みなさんごくろう様でした。
清水さん宅でお昼にごちそうになった新ジャガの煮っ転がし。白い粉をふいてとてもおいしかったです。こちらもごちそうさまでした。(樋)


落ち葉掃き(2007年1月20日、瑞穂町・清水農園)
最低、年に一度は行ってきているたべ研の行事のひとつ、今年の「落ち葉はき」の様子です。無農薬有機栽培を基本とする野菜農家の清水さんにとって、良い土づくりの材料となる落ち葉を大量に確保していく上で、「落ち葉はき」の作業はとっても大事なものといえます。また、会員にとっては、清水さんの作業に対する多少の応援になることに加え、本人(及びその家族)と直接交流できる貴重な機会でもあることから、清水農園近くの雑木林(清水さんの友人所有)において、毎年実施してきております。
「落ち葉はき」という言葉を聞くと…、「はらはら落ちる落ち葉…、それらをサクサクとまとめて持ち帰りましょう…」などと上品に!想像しがちなところですが、実際の作業は、そんなに上品なものでも甘いものでもないようです。…というのも、ぶ厚く重なった落ち葉や水分を吸ったものなど、ずっしりとした手応えの落ち葉をまとめるのは、それだけでもう一苦労、日頃の運動不足の身体には結構こたえるお仕事だと思われます。でも、そんな、気の遠くなりそうな、一人でやるのは大変そうな仕事であっても、みんなで一緒にやれば何とかなるし、以外に楽しいものになる…、そんな「協働」の意味を教えてくれるのも「落ち葉はき」です。
「落ち葉はき」の作業の手順としては、まず熊手を使って落ち葉をとりまとめ、ある程度のまとまりで「ヤマ」を作ります。それを竹と縄で作った器具?で固めたものがこの写真。その固めた落ち葉を今まさに背負おうとしているのが清水さんです。この一連の作業は、とても感動もの!です。竹と縄の器具はとても粗いものですが、圧縮された落ち葉はこぼれ落ちることはありません。あとは、この固まり(おそらく60kgはあると思いますが…)を担いで、トラックに運び込みます。より多くの落ち葉を散らかさずに運ぶための工夫が各所になされ、伝統に裏打ちされた清水さんの「技」をみることができます。
作業をすべて終えたところで参加者全員で記念撮影です。どの顔も快い疲れと満足感にあふれているようです。記念撮影の後は、きまって清水さん宅で昼食です。各自お弁当を持参するのですが、いつも豚汁や煮物、季節のお漬物など、清水さんから野菜を中心としたお料理をご馳走していただきます。おそらく野菜を知り尽くしているからでしょう、ご家族の作られる料理はどれもとてもおいしく、いつも有り難くいただいてしまいます。感謝!感謝!
是非、皆さんもこんな楽しい「落ち葉はき」にご参加ください!
(長)


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畑へお出かけ(2003年10月25日、八王子市・鈴木農園)
鈴木農園の畑へでかけるとホッとします。東京都八王子の中心街からそう遠くない小比企。都会の人ごみ、喧騒がまるで嘘のよう。畑を取り囲むような緑の雑木林。春は鶯、それが過ぎればカッコーの歌声やひばりのさえづり。目を遠くにやれば高尾山。その向うには奥多摩の山々・・・。
その桃源郷に今日も農家へのお手伝いと称して、「三多摩たべもの研究会」の面々が“命の洗濯”にやってきました。
農園主である鈴木俊雄さんの説明は何度聞いても新しい発見の連続。何気なく見ている畑でもとりまく環境はいつも変化しているのです。農業の勉強は終着点というものがないのでしょう。
できるだけ農薬を使わない、化学肥料を使わないことを目標に様々な工夫をこらしチャレンジしている鈴木さんです。
農業のプロでない会員にできることは畑の草取り。除草剤を使わない農業で一番の苦労は時間のかかる草取りなのです。これを怠れば野菜が雑草の勢いに負けたり、風通しが悪くなり病気がでたりします。それでいて人手がかかり費やす時間も莫大なもの。
農家にとっては大変な作業も会員にとっては丁度いいオシャベリタイム、リフレッシュタイムなのです。1人での草取りはつらいけど仲間がいれば、家庭のこと、仕事のこと、子(孫)育てのこと・・・。あっという間に数時間が経ってしまいます。もちろん、口も動くし手も足も動くので、みんなが腰を伸ばすときには畑には涼しい風が通り抜けていきます。雑草の陰に隠れていた野菜も気持ちよさそうです。数週間もすればこの野菜が私達の食卓に届きます。感謝!感謝!
この日は集まった会員の方々と久々の会食。特別(?)にお酒も出ましたのでついつい乾杯!
農園主の鈴木俊雄さん・綾子さん夫妻を交えて楽しく騒がしいひと時になりました。これもよきリフレッシュ。
これだから“畑へおでかけ”はやめられない!?(樋)


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米酢見学会(2005年5月28日、上野原・戸塚醸造店)
戸塚醸造の前身は「青苔寺米酢工場」。農家の長谷川邦夫さんが近くにある青苔寺の住職から勧められて始めたもの。苦労のすえ1979年から20年以上にわたって純米酢をつくってきました。その青苔寺米酢工場に出入りしていたのが銀行員の戸塚治夫さん。高齢の長谷川さんが入院した間の手伝いのはずが酢作りの奥深さと難しさに魅了され、そのまま工場を引き継ぎ2005年に戸塚醸造店として出発しました。銀行員から醸造への道というまったく畑違いの場所、また生きた酢酸菌が相手の日々ですので大変な苦労があったと思います。
  中をお見せできなくて残念。
酢はお酒(エチルアルコール)を発酵させてつくります。したがって、酢づくりは、まずお酒をつくることから始まります。これはお酒(アルコール度数が約20度程度のどぶろく)を造っているところ。
お酒とは言っても呑む清酒とは材料も造りかたも違います。酢の場合、原料の米は「酒造好適米」でなく食用米。現在は「太ももの会」が提供する無農薬米を原料としています。
お酒の場合は米の表皮部分のタンパク質は雑味のもとになるということで取り除かれるのが普通ですが、酢作りではアミノ酸などの旨み成分になりますので食用米を原料とするようです。料理酒と同じですね。
できあがったドブロクにお湯を加えアルコール度数を落とし甕に仕込みます。その甕に酢酸菌の入った「種酢」を加え酢酸発酵を促します。
この甕は焼酎の本場鹿児島から運んできたもの。焼酎もろみを仕込む甕として使われていたものと言います。甕仕込の純米酢は戸塚醸造独自のものです。
温度・湿度・通気に気を配り約3ヶ月。仕込み部屋に甘酸っぱい深みのある香りが充満してきます。
酢の酸度を調整し、濾過後殺菌(65℃〜70℃のお湯に通す))して「太もも米酢」のできあがりです。(樋)


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採蜜見学会(2005年5月21日、立川市・市川農園)
「養蜂家」と聞けば蜂の巣箱を持ち蜜源を求めて日本の南から北へと各地を移動する「花のジプシー」を思い浮かべるかもしれませんが、副業や果樹の交配用としてミツバチを飼う養蜂家もいるんです。
むつかしい言葉で言えば、蜜源を求めて各地を移動するのを「転地養蜂」、定住地で飼うのを「定置養蜂」と呼ぶのだそうです。
市川さんはもちろん、立川市の砂川町で農業のかたわら蜂を飼う「定置養蜂」。たまたま、分蜂した蜂の群れが家の生垣に蜂の巣団子をつくったことがきっかけだそうです。蜂を飼っている友人の勧めもあり、そのままミツバチを飼い始めたと言います。
今ではむぎわら帽子に蜂よけの黒い「面布」(メンプ)、地下足袋姿も板につき、すっかり「養蜂家」になりました。
“手軽に”ミツバチを飼うことができるようになったのは、ミツバチの習性を利用したいろんな道具ができたからのようです。写真の大きな巣箱には約10枚ほどの四角形の巣枠(巣板)が入っています。この巣枠(巣板)にはミツバチがすぐに巣をつくれるように蝋製の人工巣礎があらかじめ張られています。もちろん六角形のハニカム。
巣枠(巣板)の裏表にはそれぞれ約千匹のミツバチが生活をしていると言われていますので、1箱の巣箱には約2万匹のミツバチがミツバチの世界をつくっていることになります。いろいろ教えられることが多い、と市川さんは言っています。
蜜源は近くの玉川上水や昭和記念公園。花が咲き乱れる春はミツバチにとっては一番忙しい時期となります。
ミツバチの世界は独特で、たった一匹の“女王蜂”のもとに数千から数万匹の働きバチ(雌)と約1割の雄バチが「群(グン)」と呼ばれる世界をつくっていると言われています。
働きバチが集めてきた蜜は巣の中でミツバチからミツバチへと渡され水分を蒸発させ巣房に蓄えられます。
市川さんはハチミツが溜まったころあいを見計らって巣箱から巣枠(巣板)を取り出し蜜を採集します。
と言っても、ミツバチがせっかく集めた蜜を人間に取り上げられるのですからミツバチも怒ります(当然ですよネ)。
この日のように天気がよい日はミツバチの機嫌がよいのですが、曇った日は怒って大変だとか。ミツバチに抵抗せず、身を任せて“つきあう”のがコツのようです。

巣枠(巣板)にしがみついたミツバチを払い、遠心分離機にかけてハチミツを絞り終えたら作業は完了です。できあがったのはミツバチが集めたまざりっけなし100%のハチミツ。見ているだけでヨダレを垂らしている人もいましたね。
東京都立川市と言えばウドが名産ですが、ハチミツも隠れた名産なんですよ。知っていました?(樋)


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お茶摘み体験(武蔵村山市・森谷農園)
まさか東京で「お茶摘み」ができるとは思いもよらなかった。お茶と言えば、静岡か宇治、鹿児島あたりと勝手に思い込んでいる人も多いはず。でも、ここ東京都の北西部にあたる武蔵村山市は狭山から少し離れているとはいえ、「狭山茶」の産地なんです。(今は面影もないですが、村山大島紬の産地でもあったんです。その昔、町にはお茶の香りが流れ機織の音が聞こえていたといいます)。
5月ともなればあちこちの茶畑では若葉が芽をだし、目にまぶしい季節になります。
森谷製茶工場は市内に数件残る製茶屋さんの中では一、二番目に古いのです。
今回は他の共同購入会と共同でお茶摘み体験。にわか「茶娘」、「茶男」が大勢くりだし茶摘みに精をだすことになりました。
小さくてやわらかい新芽を摘むのもなかなか骨の折れること。数人がかりで一本の茶樹にむらがっても手元のカゴにはなかなか茶葉が溜まりません。
森谷良考さん・民子さん夫妻は清水農園の清水永一さん(民子さんの兄になります)から勧められ無農薬のお茶もつくっています。
一般的にはお茶の栽培には大量の窒素肥料と農薬が使用され回数も量も中途半端ではありません。「こんなことをしていたら自分の体がまいってしまう」。恐ろしさから無農薬栽培に踏み切ったと言います。
摘み取った茶葉は発酵を防ぐためいったん高温で蒸し、それから最初は粗く、徐々にきめ細かく丹念に揉んでいきます。揉み終わった茶葉を乾燥させれば「荒茶」のできあがり。「荒茶」を形整し火入れ、選別して私達が目にする「お茶」が出来上がります。
今でこそほとんどの工程を機械に委ねていますが、昔の狭山茶はすべて手揉みだったとか。
狭山茶の特長は「味と香り」。やり方は変わったといえ、それは今でも受け継がれているようです。

【お茶の製造工程】
蒸す→祖揉→揉捻→中捻→精捻→乾燥→(荒茶)→形整→火入れ→選別→ブレンド→袋詰め→(煎茶・番茶・玉露)
この日は森谷さんの甥っ子(清水農園の次男坊。今ではすっかり若者になりました)もお手伝い。どうです、この慣れた手つき。
森谷さん夫妻にとっては4月、5月は猫の手も借りたいほど忙しい季節だそうです。茶摘み作業が終われば製茶の作業へと座る間もないと言います。
武蔵村山の狭山茶も味わってください。(樋)


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